2012年10月20日

「ちがう」からいい ^ ^

子どもの頃の記憶はほとんど無い。

何度か書いてたと思うんやけど・・・。

○○と同じって事を、すごく心地悪く感じてた事は憶えてる。
出来なかった・苦手やったって事もあるんやろけど、同じ事を同じ時にテストされ評価されるのがストンと気持ちの中に落ちひんかった。


同じである事・同じでいる事にものすごく違和感を感じてた。


違っている事が自然♪ 

違うからいい♪




あまのじゃく? ひねくれ者? な視点を持ってたからか、理由のはっきり見えないルール「こうするのが良い」と言われたら「なんでそれでないとあかんのん?」って子でたらーっ(汗)


ただ・・・、直感(かな?)で「ここは言ってはる事が筋」ってのは感じてた気がする。


授業というものが好きじゃなくて、中学生からは理解も特に出来ないのに座ってるだけの時間やった気がする。実技類は、どれも好きで上手くはないけど楽しかった。


我が子の命に気がついたときも、周りからのアドバイスの「こうでないと・・・」がすごく心地悪かった。
育っていく命に関わっていく時、文明が入り込んでない地域で暮らす人達をイメージしていた自分を思いだす。


授かって


産まれてくれて


育って


大人になっていく



ずーっと繰り返されている事。
命が繋がるって事は奇跡やけど、自然な事。


ふと目に止まった看板。
ご縁で繋がった助産院で子どもたちは産まれてくれた。







変わってるくらいがちょうどええ。
たくさん笑えて、生き生きと毎日を過ごせる。
大切な人と出会えて『らしく』生きてほしい。
社会でいきるのに最低限必要な事は伝えよう。
○○教育って事に捕われずに直感を芯に、我が子に関わろう♪



悩んだその時その時に、必死になってあれやこれやと教育法を学ばなかったのは、知る事できっと感化されて違和感感じながらも少しずつ固定観念を持ってしまいそうやったから・・・。



そんなかあちゃんの向き合い方は

子どもには煙たい事もあったはず。
これからもまだまだあるはず・・・あせあせ(飛び散る汗)


随分通り過ぎてしまった幼い我が子と向き合う時間。




子どもと関わる仕事をしてる以上、アレコレ基礎知識はしっかり知ってなあかんと思って改めて●○教育とか○○教育とかの本を読んでみたりする。



かあちゃんが子どもと向き合ってきたやり方は、たくさんの方針がミックスされてた(笑



家庭であれ 教育の現場であれ 社会であれ
子どもと関わるのに大切なのは

出来るなら自然に沿ったリズムで毎日を過ごす事。

想像・創造する力、遊び尽くす集中力を見守る事。

工夫・失敗の経験を知識にしていけるようなきっかけになれる事。

目線を合わせて、その子が理解できるルートで話す事。

一人一人の特質や個性が伸びる道標になれる事。

それぞれ想いの表現方法に気づける手伝いをする事。

子どもは真似しながら育つから、伝えたい事は真似してもらえるようにすればいいって事。

得意不得意、身に付くタイミングはみんな違うって知ってる事。

子どもは「小さな人」で、大人は「小さな人やった」っていう繋がりが途切れないこと。
・・・・・・

書きはじめたら案外たくさんあるな (・ω・;)






キリもなさそうやしたらーっ(汗)


これからも出来る限り

子が興味持ってる事に気づいて
どう関わると伝わるかを見つけて
いっぱい笑うぴかぴか(新しい)


向き合う事で感じる喜怒哀楽困考を大事に♪




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posted by かあちゃん at 23:33| Comment(0) | 想い綴り'12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月15日

地域に暮らすという事

小学生の頃には人里離れた山の中で暮らし、地域の生活には縁遠かった。

その事に違和感も感じなければ、疑問も感じなかった。
おかげで自由奔放な性格に育ったんじゃないかと思う(苦笑
街中では、今時なかなか経験できひん事やし有り難かったと心から想ってる。

ちょうどその頃、暮らした地域は宅地開発中で、どんどん山が宅地に切り開かれて新しい地域が次々にできてた。地域の変化の中で属する場所がどこか分かりづらい事が続いたのも、地域の生活に縁遠くなった理由かもしれへん。

結婚して身を置いたのは、小さなマンション。
そこでも地域に密着する事はなく・・・。


地域で暮らすって事を初めて理解したのは、島暮らしをした時。

やる事がいっぱいで、関わりもたっくさんで・・・。
イベントも多くて。。。

カルチャーショックやったのを憶えてる。


島で暮らした時に身に付いたたくさんの事は、本当にありがたい糧になってる。
地域で暮らすってこういう事なんよなっていう想いとともに。



おおきにの土地に戻り、以前とは違う場所で暮らしはじめて、改めて軽いカルチャーショックを受けた。


地域でのイベントもあり、それぞれの役割があり、その活動で繋がりができてる。


それを作り上げた人達がいて、それが当たり前の人達の生活がある。その事を知る機会がなかったにせよ、全く知らなかった自分が残念で・・・。


どこで暮らしても、人との関係は難しくもあり有り難くもあり。




もっと地に足の着いた、地域で暮らすという感覚を大事にしたいと「地域の運動会」と「近所の神社での奉納舞」に参加して強く思った。



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posted by かあちゃん at 00:12| Comment(2) | 想い綴り'12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月01日

夢中な事を・・・繋げる

子どもが順に飛び立って行くなぁと増々現実的に思うこの頃。

かあちゃんの子どもとの過ごし方を振り返る事もチラホラ。




これは、誰でもがやってはる事かもしれへんけど・・・。


子どもが小学生くらいになった頃から、夢中になったり興味を持ったりしたものが先に繋がっていくかもしれへんなという事を意識して、何となく耳に入るように伝えてた事がある。


子どもたちが夢中になってるもの(事)を

「気がつく人がいる」


「思いつく人がいる」


「つくってる人がいる」


・・・・たくさんの人が関わってるんやでって事に気がついて欲しいなって思って。



どんな小さなものにでも
たくさんの人が関わっているっていう事が
ちゃんと子どもに伝われば
少しずつでも物を大切にする事にも繋がると想うんです。

ただ「もったいない」といっても
伝わりにくくなってる気がすんねんな



夢中になってるものに関われる仕事がたくさんあるんやでって伝わればええなと思って。


詳しくは分からへんけど、
ゲームが好きなら、ゲームが出来上がるまでのたっくさんの仕事。
スポーツが好きなら、道具・場所・身体を支える仕事もある事。
本が好きなら、書く(描く)・撮るはもちろん、紙・色・印刷・編集・・・。

知らない仕事がいっぱいあるって事を知ってくれたらなぁって想う。



どんなことであっても夢中になるほど、そのすごさに気がつくみたい ^ ^



オールマイティーに勉強ができて成績が良い。決して悪くない。

でも、好きな事を夢中でやってるうちにそれに関わる仕事に結びついていくっていう人生の歩き方。ええと思う。



子どもが自分で気がつけばええんやけど、気がつかへん子もいると思う。ちょっと言葉にして伝える事で子どもの「やりたいこと」に繋がっていくんちゃうかなぁ(*´∀`*)




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posted by かあちゃん at 23:25| Comment(0) | 道標になるやろか(*'ー'*) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月08日

島で想う

あんまりにも久しぶりすぎて、更新の仕方が曖昧でビックリたらーっ(汗)



ありがたい事に、この夏も島へ帰れました飛行機ぴかぴか(新しい)

我が子達の心も柔らかく、私の心も柔らかくグッド(上向き矢印)


うっかりすると枠にはめなあかんのかな?って考えてしまう頭も、水の中へ潜る時には忘れてて・・・。


そしたら、堅くなりそうな頭もほぐれた感じ。



島暮らしの時の知り合いの皆さんに声をかけてもらい、肩の力がどんどん抜けていくのを実感 ^ ^


島暮らしの時に、あちこちで一緒に過ごした子達に声をかけてもらい、その成長っぷりに嬉しくなっちゃった .: *:( *´艸`).:゚



ほんまに おおきにハートたち(複数ハート)






水害以降、濁りがなかなか取れず
傷だらけの奄美大島。


それでも、やっぱり綺麗♪

聞いた話しによると、暮らした頃が珊瑚も増えて透明度も高かったみたい。


今は珊瑚が綺麗になってるのに、濁りが取れなくて残念やねんて・・・バッド(下向き矢印)




濁りを感じはするけど・・・

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水と遊ぶってこういう事やん♪ってくらい心地良く遊んだ ^ ^

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写ってることが珍しいので、かあちゃん写真もあせあせ(飛び散る汗)

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島に帰ると改めて想う。

こういう自然の中で、たくさんの体験をして
工夫したり想像したり。

上手な人の真似をしたり、コツを教えてもらったり。

近所の人に声をかけてもらったり、注意されたり。

危ないからとただ禁止されず、やってみる機会があって時々怪我して。


そんないろんな体験・経験を、自分で判断しながら危険回避できる力にひらめき



心に身体に積み重ねていけるような声かけをできる誰かが周りにいて。。。



それってどんな●○教育よりも、子どもに・大人に大切なことやないかな。


そんな生活では、自然に畏敬の念を感じる。
どこに向けて想いを馳せるのかは、個それぞれでええはず。

きっとこれは、どんな宗教感にも重なる部分なんやろとぼんやりと想う。
想いを馳せられるならそれでええやん (*´∀`*)




こんな事を思いつつ、じゃあこれを誰かにどうかして伝えるなら、どんな風にする? となるとお手上げな訳で・・・。

伝えるよりも、かあちゃんの人となりから、何かしら感じてもらえたらええよな ってなる。

その感じてもらえることは、

共感でも違和感でもええねん。
「子どもと過ごすことって・・・」って、何かしら考えるきっかけになれたら。


いつも想いはここに巡り着く。
さてさて、これをどうやって表現したものか・・・( ̄^ ̄;)





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ラベル:奄美大島
posted by かあちゃん at 23:37| Comment(0) | 想い綴り'12 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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